インフルエンザに麻黄湯と決め込む日本漢方の危うさについて


参考ブログ:風邪やインフルエンザの漢方薬:漢方薬専門・村田漢方堂薬局(山口県下関市)の近況報告

2006年12月02日

漢方薬の常連さんにも風邪やインフルエンザなど急性疾患に対する漢方薬の日毎の配合変化の必要性を理解できない人もいる

 当方の常連さんのほぼ全員、風邪やインフルエンザ等の急性疾患の折には、使用すべき漢方処方が日毎に変わる場合もあり、極端な場合には半日で切り替えることすらあることをしっかり納得されている人ばかりである。
 ところが、極めて少数ながら、どうしてもこのことが理解できない、あるいは理解しようとされない頑迷な人が皆無というわけではない。しかも、その多くが一家中で漢方ファンの若い世代におられたりするから、頭の柔軟性、融通性というものは、人によっては思い込んだら百年目という困ったケースも散見される。
 たとえば、悪寒と同時に咽喉腫痛、7度代の微熱が生じた場合に、法則どおり銀翹散製剤に板藍根などが基本であり、極端な疲労から生じた場合は悪寒が取れるまでは参蘇飲を初期だけ併用するのが相応しいのだが、以前、風邪の後期の症状として発生した乾燥咳に麦門冬湯がよく効いた印象が強すぎた為か、初発から麦門冬湯と板藍根の併用をするものだから、一向に熱も咽喉腫痛も改善しない。
 母親に諭されても頑としてきかないのを、当方の説得で主軸を銀翹散製剤に切り替えてもらったら一日で解熱した。翌日は声嗄れと乾燥咳が続くので、今度こそ銀翹散製剤の服用量をウンと減じて麦門冬湯の出番ですよ、ということなのだが、だから最初から私は麦門冬湯を飲んでいたではないかと、不機嫌である。

 モノの道理(どうり)を理解してもらうには、老いも若きも年齢に関係なく、個人個人の天性のものもあるかも知れないので、どうしようもない。
 この頭の柔軟性の問題で言えば、学校における学力とはまったく無関係だから不思議といえば不思議である。
 たとえば、医学部出身の医師、薬学部出身の薬剤師、このような一見専門家と思われる人にも、頑迷で西洋医学的な発想しかできず、風邪やインフルエンザというものは、安静にしておればいずれIgG抗体が出てきて、一週間もすれば自然に治るものだと嘯(うそぶ)き、恬然(てんぜん)として恥じない者もいるのだった。 
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posted by ヒゲジジイ at 10:12| 山口 ☔| お茶でもどうぞ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする