黄連蘇葉湯は、黄連と蘇葉の僅か二味で構成される漢方処方である。それだけに、とても興味深く、大いに研究応用する価値の高い方剤である。
王孟英編著《温熱経緯・薛生白湿熱病篇》の、
十七、湿熱証にて、嘔悪止まず、昼夜差(い)えず死せんと欲するは、肺胃和せず、胃熱は肺に移り、肺は邪を受けざるなり、宜しく川連四分、蘇葉二三分を用うべし、両味の煎湯、呷下すれば即ち止む。
【自注】 肺胃和せざれば、最も嘔を致し易し。けだし胃熱は肺に移り、肺は邪を受けず、環りて胃に帰す。必ず川連を用いてもって湿熱を清し、蘇葉をもって肺胃を通ず。これを投じて立ちどころに癒ゆるは、肺胃の気は蘇葉にあらざれば通ずるあたわざるをもってなり。分数の軽きは、軽剤をもって恰も上焦の病を治するのみ。
これに対して医歯薬出版社発行の『温病学』では、
本条は、肺胃不和による嘔悪不止の治療を述べている。
肺胃の気は下降するのが順であり、相互に助けあっている。湿熱の邪が胃を犯すと、胃気が上逆して肺を上犯するが、肺気が正常である場合には肺が邪を受けず、邪が肺気の粛降によって胃に帰り、胃気をさらに上逆させるために、胃気上逆が甚だしくなって昼夜にわたって悪心・嘔吐が続く。これが肺胃不和である。
黄連・蘇葉ともに止嘔の効能をもち、黄連で胃の湿熱を清し、蘇葉で肺気を開宣し、邪を表外に達させて、胃に帰さない。薬量が非常に少ないのは、軽剤により上焦に薬効を及ぼすためである。
とて、原書の王孟英編纂《温熱経緯・薛生白湿熱病篇》の条文・自注の要約と解釈を行っており、とても理解しやすい説明である。
ところで、このような原書に沿った解釈に対しては異論もあり、とりわけ人民衛生出版社発行の『温病学』における「解析」は、かなり参考価値が高いと思われるので次に紹介する。
本条は、湿熱の余邪が胃に残存して悪心・嘔吐を生じたときの証治を検討したものである。
(一)症候と病機
嘔悪不止が主症である。湿熱病で湿熱の余邪が胃を犯し、胃失和降を生じて気が上逆したために、嘔悪不止となったものである。原文中の「昼夜差えず、死せんと欲っす」とあるのは、悪心・嘔吐の激しさを形容したまでのことで、決して危篤な状況を意味しているわけではない。実際には胃における余邪の残存による症状にすぎず、病勢・病位は比較的軽くて浅い。
薛生白氏の述べる「肺胃和せず、胃熱は肺に移り、肺は邪を受けず」にもとづいて本証の病機を解釈するのは、適切でないように思われる。悪心・嘔吐を生じる病変機序は主として胃気上逆であり、肺との関連は少ないので、敢えて肺を関連させて解釈する必要はない。
(二)本証に対する治療用薬
本証は湿熱の余邪が胃に残留したために胃気が上逆して生じたものであるから、清熱燥湿の川黄連で胃火を清熱降火し、蘇葉で通降順気(通順降気)するのである。わずか二味で薬用量も極めて少量であるが、適切な配合であるから、病邪が強烈でない限りは優れた効果が得られる。
薛生白氏による【自注】に「軽剤をもって恰も上焦の病を治す」とあるのは、本証の病位が比較的上部であるので、軽剤を用いるべきことを説明したものである。しかしながら、本証の病変が上焦にあるものと限定するのであれば妥当性を欠く結論であり、実際には胃気上逆による中焦の病変なのである。
なお、王孟英氏は本方を妊娠悪阻に用いているが、胎火上逆や胆熱胃火上逆による嘔吐にも適応するからである。また、いうまでもないことかもしれないが、寒飲中停や脾胃虚弱などによる悪心・嘔吐には適応しないので、その点には注意が必要である。
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